【仕組債の仕組みとカラクリ】CMSスプレッド債の時価評価(プライシング)方法

前回の記事

【仕組債の仕組みとカラクリ】CMSスプレッド債とは | Quant College

時価評価(プライシング)のポイント

ここではバミューダンコーラブル条項が付いた、コーラブルCMSスプレッド債の時価評価について見ていく。

前回見たように、コーラブルCMSスプレッド債の特徴は以下の通り。

  • クーポンはCMSスプレッドにキャップとフロアが付いている
  • 満期の元本償還には仕組みは入っておらず、額面で償還される
  • バミューダン型の早期償還条項が付いている

債券と解約権に分解

時価評価の方針としては、コーラブル条項が付いている他の仕組債と同様である。

  • コーラブル条項なしのCMSスプレッド債をスワップと同様に評価する
  • 早期償還できる権利(解約権)をバミューダンCMSスプレッドスワップションの形で評価する
  • コーラブルなしの債券時価から解約権時価を差し引く

以下の関連記事も参照のこと。

コーラブル債の時価評価方法 | Quant College
コーラブル商品の評価 | Quant College
コーラブル商品のプライシング 再訪 | Quant College

CMSスプレッドオプションにキャリブレーション

ここで重要なことは、ヨーロピアンCMSスプレッドオプションについては市場価格を取得できるということである。CMSのスワップ満期の組み合わせごとに、各オプション満期のCMSスプレッドオプションの市場価格が得られる。コーラブルCMSスプレッド債はこれらヨーロピアンCMSスプレッドオプションの市場価格と整合的に評価する必要がある。ヨーロピアンCMSスプレッドオプションの時価評価方法については以下を参照。

CMSスプレッドオプションとコピュラ | Quant College

コーラブルなしの債券の評価と、解約権の評価とで、同じモデルを使うのが望ましい。実際、解約権の評価をする中で、コーラブルなしの債券の時価もおまけとして得られるが、それがマーケットのヨーロピアンCMSスプレッドオプションと整合的な評価になるわけではない。

なぜなら解約権(バミューダンCMSスプレッドスワップション)のプライシングモデルは、場合によるが、ヨーロピアンCMSスプレッドオプションの市場価格にフィットしているとは限らないからである。
プライシングモデルのキャリブレーション対象に、ヨーロピアンCMSスプレッドオプションを追加し、きちんとフィットさせることができれば、整合的な評価となるが、そのようなケースは多くない。
キャリブレーションの一般的な話は以下の記事を参照。
キャリブレーションとは:金融・ファイナンス・金融工学における意味 | Quant College

そういうわけで、簡便的な方法として、以下のように別々のモデルを使って評価することもある。

  • コーラブルなしのCMSスプレッド債の評価には、ヨーロピアンCMSスプレッドオプションにキャリブレーションしたモデルを用いる。期間構造モデルではなく、クーポンに関連する特定の期間の金利だけをモデル化する。
  • 解約権(バミューダンCMSスプレッドスワップション)の評価には別のモデルを用いる。期間構造モデルを用いて、イールドカーブ全体(あらゆる期間の金利)をモデル化する。

プライシングモデル

ここでは簡便的な方法を選ぶとする。
コーラブルCMSスプレッド債の評価に必要なモデルは以下の4つである。

  1. バニラスワップションを評価するモデル(スマイルモデル)
  2. CMSレートの期待値を求める(コンベクシティ調整を求める)モデル
  3. ヨーロピアンCMSスプレッドオプションを評価するモデル
  4. バミューダンCMSスプレッドスワップションを評価するモデル

それぞれ会社によって異なるモデルを使っているが、以下ではどのようなモデルをよく見かけるかについて少しずつコメントする。

バニラスワップションを評価するモデル

これはつまりスワップションボラティリティのスマイルをストライク方向に補間・補外するモデルである。このようにバニラオプション専用のプライシングモデルのことをスマイルモデルなどと呼ぶことがある。

金利のスマイル補間にはShiftedSABRモデルを使うことが多い。

SABRモデルの解説 パラメータとキャリブレーション手順 | Quant College
SABRモデルのマイナス金利対応 | Quant College
SABRモデルのHagan近似 | Quant College
いろんなHagan近似とSABR公式 | Quant College
SABRモデルの弱点と改善版SABR | Quant College

スマイル補外の方法は会社によってバラバラである。
有名な方法としてはKahaleの補間・補外法BDK補外などがある。
BDK補外についてはOpenGammaのペーパーも参照のこと。

CMSレートの期待値を求めるモデル

Replication Methodを使うことが多い。これは(CMSスプレッドオプションではなく)CMSオプションの評価にも使われる。Replication Methodは、幅広いストライクのバニラスワップションのポートフォリオを使って、CMSオプションを複製する方法である(エクイティ商品であるバリアンススワップの評価にも同様の方法を使う)。
かなり高いストライクのスワップションも評価しないといけないので、ボラティリティスマイルの補外に使うモデルに強く依存する

ヨーロピアンCMSスプレッドオプションの評価モデル

以下の記事でも書いたが、2つあるCMSレートそれぞれの確率分布(周辺分布)はスマイルモデルと、CMSの期待値を求めるモデルから求められる。

一方で、CMSスプレッドオプションの評価には、CMSレート間の相関構造を織り込む必要がある。CMSスプレッドオプションは、CMSレート間の結合分布から求められる。

ここで、結合分布は
(1)各CMSレートの周辺分布
(2)CMSレート間の相関構造
の2つに分解できる。
(1)についてはスマイルモデルとReplication Methodから既に求まっているので、問題は(2)をどう設定するかである。

実務でよく用いられる相関構造はガウシアンコピュラ(正規コピュラ)である。コピュラとは、周辺分布をインプットすると、結合分布をアウトプットしてくれる関数である。コピュラを使うと、結合分布を周辺分布と相関構造に分解できる。相関構造の種類はコピュラによって異なるが、実務上はシンプルな相関構造を選ぶことが多い。最もメジャーなコピュラがガウシアンコピュラである。これは、周辺分布として正規分布を2つインプットすると、結合分布として二次元正規分布をアウトプットしてくれる関数である。

CMSスプレッドオプションとコピュラ | Quant College

正規コピュラには、相関を表すパラメーターを与える必要がある。この相関パラメーターをCMSスプレッドオプションの市場価格に合うように決定(キャリブレーション)する。

バミューダンCMSスプレッドスワップションの評価モデル

バミューダンコーラブル(早期償還可能日が複数ある)の場合は、オプション満期とスワップ期間が異なる、多数のスワップション(コターミナルスワップション)に依存する。

コターミナルスワップションとは | Quant College

このため、これら期間が異なる多数のスワップレートを同時にモデリングできないといけない。そのような場合に用いるのが、期間構造モデルである。

金利の期間構造モデルは多資産モデル | Quant College
スマイルと期間構造は別問題 | Quant College

多数あるファクターを少数のファクターに圧縮することが多い(次元圧縮)。
期間構造モデルは、金利のように満期の数だけ異なる原資産が多数ある場合に、それら多数の原資産を同時にまとめてモデリングするために用いる。金利の場合はイールドカーブ全体をまとめてモデル化する。

その際、多数あるファクターを少数のファクターに圧縮することが多い(次元圧縮)。理由は以下。

  • イールドカーブの動き方は少数のパターン(水準、傾き、曲率)が大部分なので、ファクター数が少なくても十分に説明力がある
  • 計算の煩雑さを避けるため

実際、実務でよく用いられるショートレートモデルはファクターが1つのものがメジャーである。LIBORマーケットモデル(LMM)は、それ自体はファクターが非常に多いモデルだが、実務上はファクター数を減らして使うことが多い。

バミューダンCMSスプレッドスワップションの評価について以前は、特に日系金融機関では、LMMを使っているケースが多かったが、最近はショートレートモデルを使うケースが多く見られる。しかしCMSスプレッドの場合はCMSレート2つの差分で決まる変数なので、1ファクターのモデルは適切ではない。というわけで、2ファクターのショートレートモデルを使うケースが多い。シンプルなものであれば、Hull-Whiteの2ファクターモデルなどがある。その他、スマイルを反映したい場合はCheyetteモデルを使うことも考えられる。また、CMSレート2つに加えて、将来時点における行使価値と関連のある変数として、コターミナルスワップレートもファクターとして加えることも考えられる。その場合はファクターが3つ必要になる。

時価評価(プライシング)の手順

ここではコーラブルなしのCMSスプレッド債と早期償還できる権利の2つに分解して評価する。
時価評価の手順の一例をざっくり書くと以下の通り。

  1. コーラブルなしのCMSスプレッド債を、変動サイドでCMSスプレッドクーポンを受け取り、固定サイドでは元本ゼロに対してゼロのクーポンを支払う、金利スワップとみなす。ただし満期には元本が受け取れるものとする。
  2. 早期償還できる権利は、上記の金利スワップ(CMSスプレッドスワップ)を原資産とするスワップションであるとみなす。
  3. スワップレートなどからディスカウントカーブとプロジェクションカーブを作成する
  4. マーケットからスワップションボラティリティのキューブ(満期×スワップ期間×ストライク)を取得し、ShiftedSABRなどのスマイルモデルを(満期×スワップ期間)ごとにキャリブレーションする
  5. CMSレート間の相関パラメーターをヨーロピアンCMSスプレッドオプションの市場価格にキャリブレーションする。
    1. その際、CMSスプレッドオプションの評価にはガウシアンコピュラを用いる
    2. スマイルモデルとCMS評価モデル(Replication Method)を用いて、CMSレート2つの周辺分布をそれぞれ求める
    3. 2つの周辺分布をガウシアンコピュラにインプットしてCMSレート間の結合分布を求める
  6. 早期償還できる権利、すなわちバミューダンCMSスプレッドスワップションを評価するには、2ファクターまたは3ファクターの金利の期間構造モデルが必要になる。これについてもマーケットにキャリブレーションする必要があるが、どの(満期, スワップ期間, ストライク)の組み合わせに対してキャリブレーションするのか(キャリブレーション対象の選択)は必ずしも唯一の正解があるわけではない
    最も簡便な方法としては、ATMコターミナル(バニラ)スワップションにフィットさせることである。しかし原資産はバニラスワップではなくCMSスプレッドスワップなので、マーケットのバニラスワップにフィットさせるだけではそのリスク特性が表現できない
    これは少し発展的な話題であり、以下の関連記事も参照のこと。
    リバースフロータースワップションのキャリブレーション対象 | Quant College
    リバースフロータースワップションのキャリブレーション対象 ⑵ | Quant College
  7. コーラブルなしのCMSスプレッド債のクーポンは、CMSレート2つの期待値と、CMSスプレッドのコールオプションとプットオプション、に分解して評価する
    1. 各CMSレートの期待値はReplication Methodで求められる
    2. CMSスプレッドのコールオプションとプットオプションは、上記の相関パラメーターのキャリブレーション時と同様に評価できる
  8. CMSスプレッドスワップションは、行使可能日が複数あるバミューダン型なので解析的に評価するのは困難である。キャリブレーション済みの金利の期間構造モデルを用いて、数値計算により求める。バミューダンスワップションは、古典的には三項ツリーなどツリーを使う方法がテキストには紹介されているが、最近ではグリッド積分とツリーを組み合わせる方法を使うことが多い。
  9. コーラブルなしのCMSスプレッドスワップの時価から、CMSスプレッドスワップションの時価を差し引く(投資家サイドはスワップションの売り)ことで、コーラブルCMSスプレッドスワップが評価できる

あわせて読みたい

【随時更新】金利の期間構造モデルを勉強するのにおすすめの本:7冊 | Quant College
実務で使われている金利の期間構造モデルは? | Quant College
教科書によく出てくるが実務でほぼ使わない金利の期間構造モデルの一覧 | Quant College

伝統的なHull-Whiteモデルとは | Quant College
モダンなHull-Whiteモデルとは | Quant College

金利モデルのキャリブレーション対象 | Quant College
リバースフロータースワップションのキャリブレーション対象 | Quant College
リバースフロータースワップションのキャリブレーション対象 ⑵ | Quant College

【仕組債の仕組みとカラクリ】キャップ付フローター債の時価評価方法 | Quant College
【仕組債の仕組みとカラクリ】リバースフローター債の時価評価方法 | Quant College