マートンモデルとは:オプションと信用リスクの2種類ある

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2種類のマートンモデル

ファイナンス分野においてマートンモデルと呼ばれるものには大きく分けて2種類ある。

  1. 単一企業の負債評価株式評価に使うマートンモデル
    (ブラックショールズモデルによるオプション評価の手法を用いる
  2. 金融機関の与信(貸出)ポートフォリオ全体について、複数企業のデフォルトによる損失(信用VaRなど)の計量化に使うマートンモデル

負債評価のマートンモデルは単一企業のデフォルト(倒産)リスクを扱うが、信用リスク計量化のマートンモデルでは複数(多数の)企業のデフォルト(倒産)リスクを扱うことに注意。

これら2つは目的も使う手法も全く違うのだが、ただ単に「マートンモデル」と言うだけではどちらかわからないので、文脈で判断することになる。

以下では番号1.の負債評価のマートンモデルを取り上げる。

構造型モデルと誘導型モデル

社債などのクレジット商品の評価に用いるモデルは、構造型モデル誘導型モデルの2種類に分かれる。

構造型モデルは「何がどうなったら企業が倒産する」というデフォルトの構造を明確に仮定する方法で、マートンモデルはこの構造型モデルの先駆けである。構造型モデルは実務でもたまに聞く「デフォルト距離」などの概念のバックボーンになっており、学術的には無視できない存在だが、クレジット商品の評価において、現在の実務ではあまり広く使われてはいない印象だ。

一方、誘導型モデルは「何がどうなったら企業が倒産する」かについては仮定せず、条件付きデフォルト確率の挙動(ダイナミクス)を天下り的に(言わば「決めつけ」のような感じで)仮定してしまう方法である。クレジット商品の評価においては誘導型モデルのほうが実務でよく使われている

オプション評価の応用としてのマートンモデル

マートンモデルでは、企業の純資産価値(これをざっくりと株式価値と言ってしまうことも多い)を、(総)資産価値(企業価値)のコールオプションとして評価する

貸借対照表の関係式

(総)資産=負債+純資産

を思い出そう。資産が借方、負債と純資産が貸方。

マートンモデルの目的は負債価値の評価だが、負債価値を直接求めるのではない。純資産価値を求めてから、それを総資産価値から差し引くことで負債価値を求める。この、純資産価値を求める際にブラックショールズモデルを使う

マートンモデルでは、純資産は、「総資産」を原資産とし、「負債額面」を行使価格(ストライク)とするコールオプションであると考える。イメージとしては、総資産が負債額面を超えた場合に限り、その超えた分が純資産である、ということである。これは単に、

総資産-負債=純資産

という話をしているだけだ。原資産価格(=総資産価値)から行使価格(負債額面)を引いた分がコールオプションのペイオフとして受け取れる、ということに対応している。

純資産価値を求めるには、コールオプションを評価すればよいことになる。マートンモデルではオプション評価にブラックショールズモデルを用いる。ブラックショールズモデルでは原資産価格が幾何ブラウン運動に従う(したがって対数正規分布に従う)と仮定する。したがってマートンモデルでは、企業の総資産価値が幾何ブラウン運動に従うと仮定する。時点\(t\)における総資産価値を\(A_t\)と書くと、\(A_t\)の従うダイナミクスは、

$$
\frac{\mathrm{d}A_t}{A_t} = (r-\gamma)\mathrm{d}t + \sigma \mathrm{d}W_t
$$

と仮定する。ここで、\(r\)は無リスク金利、\(\gamma\)は現金の払出率、\(\sigma\)はボラティリティ、\(W_t\)はブラウン運動である。

このもとで、純資産価値は、総資産価値\(A_t\)を原資産価格、負債額面\(D\)を行使価格、負債の満期\(T\)をオプション満期とするコールオプションであるとする。ブラックショールズモデルでは、時点\(t\)のオプション価値\(C_t\)は有名なブラックショールズ式で求めることができて、

$$
C_t = A_t e^{-\gamma (T-t)} N(d_1) – D e^{-r(T-t)}N(d_2)
$$

となる。ただし

$$
d_1 = \frac{1}{\sigma\sqrt{T-t}}\left(\log \frac{A_t}{D} + \left(r-\gamma + \frac{1}{2}\sigma^2\right)(T-t)\right), \\
d_2 = d_1 – \sigma\sqrt{T-t}
$$

である。

ブラックショールズモデルとブラックショールズ式については以下の記事を参照。
ブラックショールズモデル(Black-Scholes model)とは【簡単にわかりやすく】 | Quant College
【ブラックショールズモデル】Black-Scholes公式とは:直感的に解説【簡単にわかりやすく】 | Quant College

時点\(t\)における純資産価値がコールオプション価値\(C_t\)として求まったので、負債価値は総資産価値から純資産価値を引けばいいので、

$$
A_t – C_t
$$

と求まる。

マートンモデルで置いている仮定

マートンモデルでは、様々な仮定を置いていることに注意しよう。

  1. 負債の満期が\(T\)のみであり、異なる満期の負債が混在していない
  2. 総資産価値(つまり企業価値)を常に観測できる
  3. 総資産価値の挙動が幾何ブラウン運動に従う
  4. 総資産価値が負債の満期\(T\)において、負債額面を下回っている場合(つまり債務超過になっている場合)にのみデフォルトする負債の満期前に債務超過になってもその段階ではデフォルトしない

4つめについて補足する。

実務的にはデフォルトの定義は債務超過以外にたくさんあり、実際は債務超過以外がトリガーとなってデフォルトが発生することが多い

また、デフォルトしたかどうかの判定を満期日のみに行う、と仮定している。満期前の段階ですでに債務超過になっていてもデフォルトは発生せず、満期日においてもその状態が継続していれば満期日にはじめてデフォルトが発生する。
この点については改良版モデルがあり、初到達時刻モデルなどがある。初到達時刻モデルでは、総資産価値\(A_t\)が初めて閾値\(D\)に到達した場合にその段階でデフォルトが発生するものとする。バリアオプションと似たような発想である。

参考文献

クレジットリスク ―評価・計測・管理―

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