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はじめに

測度論ベースで書かれた確率論のテキストで、定評のあるものを挙げていく。

以下では独断と偏見で、だいたいの難易度順に並べて紹介する(異論は大いに認める)。

[1] 初級レベル:原『測度・確率・ルベーグ積分 応用への最短コース』

測度・確率・ルベーグ積分 応用への最短コース (KS理工学専門書)

定理を証明していく数学書スタイルで書かれているが、最短距離で学べるよう工夫されていて読みやすい本である。

  • そのような定義がなぜ必要なのか、というモチベーションの部分を説明してくれるので、納得しながら読んでいける
  • 証明の理解が応用上それほど重要でない定理については証明が省略されており、効率良く学べる工夫が随所に見られる
  • 薄い本でコンパクトにまとまっているので挫折しにくい
  • 測度論的確率論について、物語のあらすじと登場人物を理解したい、という人にもってこいの本

[2] 初級レベル:清水『統計学への確率論、その先へ―ゼロからの測度論的理解と漸近理論への架け橋』

統計学への確率論、その先へ―ゼロからの測度論的理解と漸近理論への架け橋

比較的新しい本だが、説明のわかりやすさにかなり定評がある

  • 定理が成り立つためになぜそのような仮定が必要なのか、具体例を通して理解できるのが特徴
  • 取り扱っているトピックは、独立性、色々な収束概念、収束定理、大数の法則、中心極限定理、条件付き期待値など、標準的な内容
  • 仮定を満たしておらず定理が成り立たないような具体例(反例)を挙げてくれたり、初心者が抱く疑問に先回りして説明してくれるのが好印象
  • 終盤は統計的漸近理論に関連する話題を扱っているのも特徴
  • 次のステップとして数理統計学を学ぶ予定の人が、測度論的確率論を概観するのに適した本

[3] 初級レベル:ツァピンスキ『測度と積分―入門から確率論へ』

測度と積分―入門から確率論へ

Measure, Integral and Probability (Springer Undergraduate Mathematics Series)

数理ファイナンスに興味のある学生向けに、測度論、ルベーグ積分、測度論的確率論を平易に解説したもの。説明がわかりやすいことで有名であり、1冊だけおすすめするなら、間違いなくこの本である。

しかし残念なことに、翻訳版が入手できない状況が続いている(在庫切れというよりは絶版ではないかと思われる)。原著を読むしかないのだが、英語は平易で読みやすいため、大きな問題はないと思われるが、どうしても読むのに少し時間はかかるだろう。

日本語で読みたい人は、これと似たような難易度の本として、上に挙げた
[1] 原『測度・確率・ルベーグ積分 応用への最短コース』
[2] 清水『はじめての確率論 測度から確率へ』
が良いだろう。

  • 定理などの証明がわかりやす、証明の全体をステップごとに区切って、方針を説明してくれるので、迷子になりにくい
  • 行間を埋める必要がほとんどなく、演習問題の解答も付いているため、自習に適している
  • 測度論と確率論を交互に説明しているのが特徴で、測度論と確率論の関連を理解しやすい
  • 数理ファイナンスへの応用を意識した具体例が豊富で、何のためにやっているのかイメージがわきやすい

[4] 初級~中級レベル:佐藤『はじめての確率論 測度から確率へ』

はじめての確率論 測度から確率へ

定理→証明の積み上げで書かれている本にしては読みやすいが、数学書の未経験者には少々難しいというレベルで、経済・経営系の大学院生向けという印象である。

  • 数学科向けの専門書に比べれば説明がわかりやすく、 [3] ツァピンスキ本の翻訳版が手に入らなかった経済・経営系の学生がよく読んでいるようだ
  • 本の後半では、独立確率変数列、確率分布の収束について詳しく書かれており、確率論の次のステップとして数理統計学を深く学びたい人に適している
  • 具体例が比較的多くてイメージをつかみやすい
  • 前提知識として、集合論の用語や記号、証明の進め方について、ある程度慣れている必要がある

[5] 中級レベル:熊谷『確率論』

確率論 (新しい解析学の流れ)

こちらも経済・経営系の大学院生向けのレベル。

  • 前半が確率論、後半が確率過程となっており、主に確率過程を学びたい人を想定して書かれている
  • 測度論の知識を前提に進むが、数学書にありがちな無味乾燥な進行になるのを避ける工夫が見られる
  • 数学書にしては応用例が多めの構成となっている
  • 巻末に測度論のまとめがあって親切
  • 演習問題の解答がページ数を割いて丁寧に書いてあり、自習にも使える

[6] 中級レベル:舟木『確率論』

確率論 講座数学の考え方 (20)

理工系の大学院生、または数学専攻の学部三年~四年レベル。定理を証明していく数学書の体裁をとっているが、読みやすい本として有名である。

  • 定理などの存在意義がわかりやすく、測度論的確率論の定番本になっている
  • 数学の専門書にしては説明が丁寧で、定理の証明も追って行きやすい
  • きちんと読んでいくには測度論の基礎知識が必要だが、第二章で測度論の用語がコンパクトに復習してくれるのがありがたい
  • 上記に挙げた本をいくつか読んで測度論を学習済みの人なら、かなりサクサク読めるはず
  • ひとつの定理に対して複数の証明が挙げられている箇所もあり、理解が深まる

[7] 中級~上級レベル:志賀『ルベーグ積分から確率論』

ルベーグ積分から確率論 (共立講座 21世紀の数学)

  • 数学書をある程度読み慣れていて、測度論から確率論を一冊で学びたい人向け
  • 証明も含め記述が全般的に簡潔で、コンパクトにまとまっている
  • 逆に言うと論理展開の行間は広めで、自力で埋める必要がある
  • 数学的にきっちり書いてあるが、具体例についても多めに言及されている
  • ページ数的には測度論・ルベーグ積分論がメインで、終盤に確率論とランダムウォークが登場する

[8] 上級レベル:西尾『確率論』

確率論 (実教理工学全書)

数学専攻における確率論の定番テキスト。

  • 無味乾燥な進行だが、証明は丁寧に書かれているのが特徴
  • 書くべきことがしっかりまとまっている
  • 小さめの字でびっしり書かれている
  • 別のテキストで測度論を学んでおく必要はあるが、準備としてはそこまで専門的な測度論テキストを使わなくてもよい

(番外編) 上級レベル:伊藤『確率論』

確率論 (岩波基礎数学選書)

確率論の古典的名著だが、読みこなすにはかなりの基礎力を要する。

まとめ:選び方

  • 数学書に慣れていない人にとっては、 [1], [2], [3]が取っつきやすい
  • 経済・経営系の大学院生なら[4], [5]あたりがちょうどいいだろう
  • 迷ったら[6]舟木本で間違いない。読みやすいので、数学専攻でない理工系学生でも読み進められるはず
  • 数学専攻の学生なら[7], [8]

【ファイナンスに興味ある人向け】測度論的確率論のおすすめ本3選

以下では、次のような方向けにおすすめの本を紹介する。

  • 必ずしも数学を専門としないが、
  • 数理ファイナンスをきちんと学習したいので、
  • その基礎となっている測度論的確率論をざっくり学びたい

数学を専攻する学生については、指導教官に指示を仰ぐべきだが、もし仮に数理ファイナンスに興味を持っている場合は、まず下記の本でざっくりと全体感を把握してから、より高度な専門書に進むのも一案だろう。

以下では独断と偏見で、だいたいの難易度順に並べて紹介していく(異論は大いに認める)。

[1] 入門レベル:村上『金融実務講座 マルチンゲールアプローチ入門: デリバティブ価格理論の基礎とその実際』

金融実務講座 マルチンゲールアプローチ入門: デリバティブ価格理論の基礎とその実際

測度変換の観点でデリバティブプライシングを解説した本だが、巻末付録に「確率論入門の入門」と題して、測度論的確率論の解説がある(40ページ弱くらい)

  • 条件付き期待値を理解することを最終目標とし、σ加法族、確率変数、確率過程、フィルトレーション、独立性などが取り上げられている。
  • 定理の証明などは一切なく、定義の内容と、なぜそのような定義のしかたをするのか、というモチベーションが説明されている。
  • 以下で取り上げるシュリーヴ本を参考にしていると思われ、コイン投げやサイコロ投げの具体例が多くてわかりやすい
  • 前提知識は特段不要なので、以下に挙げる本を読む前の準備として、ざっと目を通しておくと挫折防止に役立つだろう。

[2] 入門~初級レベル:シュリーヴ『ファイナンスのための確率解析 II (連続時間モデル)』

ファイナンスのための確率解析 II (連続時間モデル)

有名な数理ファイナンスのテキストだが、第一章と第二章で測度論的確率論をざっくり取り扱っている

  • 数学の専門書にありがちな厳密な議論を、大胆だが上手く省略しており、数理ファイナンスを学ぶ上で優先順位の高い内容を抽出している
  • コイン投げや正規分布を使った具体例が多く、説明がわかりやすい
  • ファイナンスへの応用で重要な、条件付き期待値と測度変換について、最短距離で学べる。数学科向けのテキストでは、測度変換は最後のほうでやっと登場するのだが、ほとんどの読者はそこにたどり着く前に力尽きてしまう。この本ではその心配は少ない。
  • しかし集合論の用語や記号は少し知っているほうが読みやすいだろう。

[3] 初級~中級レベル:岩城『確率解析とファイナンス』

確率解析とファイナンス

確率解析のテキストだが、第一章から第四章で測度論とルベーグ積分論、測度論的確率論についてまとまっている

  • とにかく定理の証明が丁寧に書かれており、どこでどの性質を使ったかが書かれているので、行間を埋める必要がほとんどない
  • 定理の証明をきちんと読んで基礎力をつけたいが、ファイナンスへの応用と関係ない部分は飛ばして進めたい、という人におすすめ
  • ただし、定義、定理、証明、が続くスタイルで、あらすじや定義・定理のモチベーションについては書かれていない。他の本で証明を読んでいてつまづいたら、補助的にこの本を参照する、という使い方も良いだろう。

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