Black-Scholesの偏微分方程式(PDE)は、無裁定の仮定により導出されるもので、広範囲に渡るデリバティブの価格が満たす方程式である。
これに対して、本などでよく出てくるBlack-Scholes式は、ペイオフがバニラなコールまたはプットに限定した場合のオプション価格式であり、Black-ScholesのPDEとは適用できる商品の範囲が大きく異なる。
ざっくり言うと、
・Black-Scholesの偏微分方程式: 任意のデリバティブ
・Black-Scholesのオプション価格式: バニラオプションのみ
ということである。
Black-ScholesのPDEは、次のようなものである。
(∂V/∂t) + (r – q) S (∂V/∂S) + (1/2) (σ^2) (S^2) (∂^2 V/∂S^2) = r V
以下では通貨オプションを例に考える。Vはデリバティブ価格、Sは原資産価格、rは国内金利、qは外国金利、σはボラティリティである。
これを4つの項に分解して解釈する。
第1項: (∂V/∂t)
これはいわゆるセータの項である。時間の経過によるデリバティブ価格の変化を表す。
第2項: (r – q) S (∂V/∂S)
これはいわゆるキャリーの項である。Black-ScholesのPDEはデルタヘッジを前提としているため、外貨のポジションは -(∂V/∂S) であり、外貨を
-(∂V/∂S) だけ持っているとイメージしよう。すると、外国金利はqであるから、受け取る外国金利は外貨建てで -q(∂V/∂S) である。これを為替レート(つまり原資産価格を国内通貨建てで表したもの)Sで国内通貨建てに直すと、外国金利は -q S (∂V/∂S) だけ入ってくる。
ここで、無裁定価格理論では、無一文の状態からスタートする、ということを思い出そう。外貨のポジションを -(∂V/∂S) だけ作るためには、為替レートSをかけて、国内通貨建てで - S (∂V/∂S) だけ借りてこないといけない。よってこの国内通貨のポジションからは、国内金利rがかけられて、- r S (∂V/∂S) だけ支払うことになる。符号を逆転させれば、r S (∂V/∂S) だけ受け取ることになる。
以上から、外貨と国内通貨のポジションから入ってくる金利を合計すると、
-q S (∂V/∂S) + r S (∂V/∂S) = (r - q) S (∂V/∂S)
となり、これが第2項である。
第3項: (1/2) (σ^2) (S^2) (∂^2 V/∂S^2)
これはいわゆるガンマの項である。この理解は少し難易度が上がる。
いま、デリバティブ価格Vが時間tと原資産Sに依存しているとすると、V(t, S)と書けるが、これの微小な変化dV(t, S)は、
dV(t, S) = (∂V/∂t) dt+ ∂V/∂S dS + (1/2) (∂^2 V/∂S^2) dS dS
と書ける。しかし、いまデルタヘッジを前提としているから、デルタV'(S)の項は落とせる。よって、
dV(S) = (∂V/∂t) dt + (1/2) (∂^2 V/∂S^2) dS dS
となり、セータ ∂V/∂t の項と、ガンマ ∂^2 V/∂S^2 の項が残る。
さらに、Black-Scholesモデルにおいては、
dS = r S dt + σ S dW
であり、
dS dS = (σ^2) (S^2) dt
であることを思い出そう。すると、
dV(S) = (∂V/∂t) dt + (1/2) (∂^2 V/∂S^2) (σ^2) (S^2) dt
右辺をdtで割ればよい。セータの項は第1項ですでに考慮済みであり、ガンマの項が第3項に対応している。
第4項: r V
これは無リスクキャッシュポジションの項である。国内通貨建てのデリバティブ価格Vを運用して得られる金利を表している。
以上から、ざっくり次のように理解できるだろう。
・第1項と第3項が、デルタヘッジされたデリバティブ価格の変化を表しており、これはヘッジ対象のリターンである
・第2項と第4項が、ヘッジに用いた原資産と無リスクキャッシュからのリターンを表しており、これはヘッジ手段のリターンである
・無裁定の仮定により、ヘッジ対象とヘッジ手段のリターンが同じになる