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2つのブラックショールズ方程式の違い
「ブラックショールズ方程式」と言うとき、以下2種類のどちらかを指すが、人によって指しているものが異なることに注意。
- ブラックショールズ公式:
ブラックショールズモデルにおける、バニラオプションの価格公式 - ブラックショールズ偏微分方程式
ブラックショールズモデルにおいて、一般のデリバティブ価格が満たす偏微分方程式
1と2で対象としている商品の範囲が全然違うことに注意。
1のブラックショールズ公式は、デリバティブのうち最もシンプルな部類であるバニラオプション(コールまたはプット)のみに使える。2の偏微分方程式に比べて、かなり狭い範囲の商品にしか使えない。
2のブラックショールズ偏微分方程式は、バニラオプションだけでなく、広範囲に渡る一般のデリバティブに使える。1の公式に比べて、かなり広い範囲の商品に使える。
ざっくり言うと、
- Black-Scholesのオプション価格式: バニラオプションのみ
- Black-Scholesの偏微分方程式: 任意のデリバティブ
ということになる。
本記事では2の偏微分方程式を直感的に解説する。
1のブラックショールズの価格公式は以下の記事で解説している。
【ブラックショールズモデル】Black-Scholes公式とは:直感的理解【簡単にわかりやすく】 | Quant College
ブラックショールズ偏微分方程式とは
Black-Scholesの偏微分方程式(PDE)は、無裁定の仮定により導出されるもので、一般のデリバティブ価格が満たす方程式である。
Black-ScholesのPDEは、次のようなものである。
$$ \frac{\partial V}{\partial t}(t, S) + (r – q) S_t \frac{\partial V}{\partial S}(t, S) + \frac{1}{2} \sigma^2 S_t^2 \frac{\partial^2 V}{\partial S^2}(t, S) = r V(t, S) $$
以下では通貨オプションを例に考える。
- \(V(t, S)\)はデリバティブ価格で、時間\(t\)と原資産価格\(S\)に依存する
- \(S\)は原資産価格
- \(r\)は国内金利
- \(q\)は外国金利(株式オプションなら配当利回り)
- \(\sigma\)は原資産のボラティリティ
以下では、ブラックショールズPDEを4つの項に分解して、直感的に解釈する。
第1項:ヘッジ対象のデリバティブのセータ
$$ \frac{\partial V}{\partial t}(t, S) $$
これはデリバティブ価格の時間に対する感応度で、いわゆるセータの項である。時間の経過によるデリバティブ価格の変化を表す。
オプション取引のリスク指標(ギリシャ指標/グリークス/Greeks)とは(1)メジャーなもの | Quant College
イメージとしては、オプション満期が近づくにつれて、原資産価格が大きく動く可能性が下がっていくので、デリバティブ価格も低下する。
第2項:ヘッジ手段である原資産のキャリー
$$ (r – q) S_t \frac{\partial V}{\partial S}(t, S) $$
これは原資産のデルタヘッジによるキャリーの項である。
デルタについては以下を参照。
オプション取引のリスク指標(ギリシャ指標/グリークス/Greeks)とは(1)メジャーなもの | Quant College
キャリーとは通貨オプションの場合、
- 外国通貨のポジションによって支払う外貨金利
\(q S_t \frac{\partial V}{\partial S}(t, S)\) - 国内通貨のポジションによって受け取る国内金利
\(r S_t \frac{\partial V}{\partial S}(t, S)\)
を合計(相殺)したものである。
外国通貨のポジションは、外貨の変動リスク(つまり為替の変動リスク)をヘッジするために作ったポジションである。
Black-ScholesのPDEは、原資産価格の変動リスクをデルタヘッジすることを前提としている。デルタヘッジとは、デリバティブの原資産価格に対する感応度(デルタ)を相殺するために、原資産の売買を行うこと。
デルタヘッジの結果、外貨のヘッジポジションは
\(-\frac{\partial V}{\partial S}(t, S)\)
となる。ここで、
\(\frac{\partial V}{\partial S}(t, S)\)
がデルタである。マイナスが付いているのは、ヘッジなので、デルタを相殺するために反対方向のポジションを持つからだ。
ヘッジポジションとして外貨を
\(\frac{\partial V}{\partial S}(t, S)\)
だけ持っているとイメージしよう。
すると、外国金利は \(q\) だから、受け取る外国金利は外貨建てで
\( -q \frac{\partial V}{\partial S}(t, S)\)
である。
この外国金利を為替レート(つまり原資産価格である外貨の値段を、国内通貨建てで表したもの)\(S_t \) で国内通貨建てに直すと、外国金利は
\( -q S_t \frac{\partial V}{\partial S}(t, S)\)
だけ入ってくる。マイナスの受け取りなので支払いになる。
ここで、無裁定価格理論では、無一文の状態からスタートする、ということを思い出そう。
外貨のポジションを \(-\frac{\partial V}{\partial S}(t, S)\) だけ作るためには、為替レート\(S_t \)をかけて、国内通貨建てで \(-S_t \frac{\partial V}{\partial S}(t, S)\) だけ借りてこないといけない。
よってこの国内通貨の借り入れポジションからは、国内金利 \(r\) をかけた \(-r S_t \frac{\partial V}{\partial S}(t, S)\) だけ支払うことになる。マイナスの支払いなので、
\(r S_t \frac{\partial V}{\partial S}(t, S)\)
だけ受け取ることになる。
以上から、外国通貨と国内通貨の両ポジションから入ってくる金利を合計すると、
$$ -q S_t \frac{\partial V}{\partial S}(t, S) + r S_t \frac{\partial V}{\partial S}(t, S) = (r – q) S_t \frac{\partial V}{\partial S}(t, S) $$
となり、これが第2項、キャリーの項である。
第3項:ヘッジ対象のデリバティブのガンマ
$$ \frac{1}{2}\sigma^2 S_t^2 \frac{\partial^2 V}{\partial S^2}(t, S) $$
これはいわゆるガンマの項である。この理解は少し難易度が上がる。
デリバティブ価格 \(V\) は時間 \(t\)と原資産価格 \(S\) に依存しているので \(V(t, S)\)と書いているが、これの微小時間での変化幅 \(\mathrm{d}V(t, S)\) は伊藤の公式より、
$$ \mathrm{d}V(t, S) = \frac{\partial V}{\partial t} \mathrm{d}t + \frac{\partial V}{\partial S}(t, S) \mathrm{d}S + \frac{1}{2} \frac{\partial^2 V}{\partial S^2} \mathrm{d}S \mathrm{d}S $$
と書ける。しかし、いまデルタヘッジを前提としているから、デルタ \(\frac{\partial V}{\partial S}\) の項は落とせる。よって、
$$ \mathrm{d}V(t, S) = \frac{\partial V}{\partial t} \mathrm{d}t + \frac{1}{2} \frac{\partial^2 V}{\partial S^2} \mathrm{d}S \mathrm{d}S $$
となり、セータ \(\frac{\partial V}{\partial t}\) の項と、ガンマ \(\frac{1}{2} \frac{\partial^2 V}{\partial S^2}\) の項が残る。
さらに、Black-Scholesモデルにおいては、
$$ \mathrm{d}S_t = r S_t \mathrm{d}t + \sigma S_t \mathrm{d}W_t $$
であり、
$$ \mathrm{d}S_t \mathrm{d}S_t = \sigma^2 S_t^2 \mathrm{d}t $$
であることを思い出そう。すると、
$$ \mathrm{d}V(t, S) = \frac{\partial V}{\partial t} \mathrm{d}t + \frac{1}{2} \frac{\partial^2 V}{\partial S^2} \sigma^2 S^2 \mathrm{d}t $$
となり、右辺を \(\mathrm{d}t\) で割ればよい。セータの項は第1項ですでに考慮済みであり、ガンマの項が第3項に対応している。
第4項:ヘッジ手段であるキャッシュのリターン
$$ rV(t, S) $$
これは無リスクキャッシュポジションの項である。
デリバティブを売ることによって受け取った、国内通貨建てのデリバティブ価格 \(V\) を、無リスク金利 \(r\) で運用して得られる金利収入を表している。
まとめ
以上から、ざっくり次のように理解できるだろう。
- ヘッジ対象であるデリバティブ \(V\) を原資産 \(S\) とキャッシュでヘッジする
- 原資産によるデルタヘッジの結果、デリバティブのデルタ(原資産感応度)は出てこない
- 結果としてデリバティブのリターンとしてセータ(第1項)とガンマ(第3項)が出てくる
- ヘッジ手段は原資産とキャッシュである
- 原資産を用いたヘッジポジション(デルタヘッジポジション)から来るリターン(キャリー)が第2項
- キャッシュポジションから来るリターンが第4項
- 第1項と第3項が、デルタヘッジされたデリバティブ価格の変化を表しており、これはヘッジ対象のリターンである
- 第2項と第4項が、ヘッジに用いた原資産と無リスクキャッシュからのリターンを表しており、これはヘッジ手段のリターンである
- 無裁定の仮定により、ヘッジ対象とヘッジ手段のリターンが同じになる
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