キャッシュセトルIRRスワップション

スワップションの決済方法にも、現物決済と現金決済の2つがある。現物決済はフィジカルセトル、現物決済はキャッシュセトルという。

フィジカルセトルの場合は、権利行使すると実際にスワップ取引が発生し、スワップの満期まで利払いを行わないといけない。
キャッシュセトルの場合は、権利行使日でフィキシングされるスワップレートと行使レートの差分にアニュイティをかけた金額で差金決済される。権利行使日のスワップ価値を現金で受け払いすることで取引を終了するので、その後のスワップ取引は行う必要がない。
 
キャッシュセトルの方が、フィジカルセトルよりもカウンターパーティリスクが削減される。フィジカルセトルの場合は、スワップの満期までカウンターパーティが生存してもらわないと、スワップションの勝ち分を回収できないからだ。
 
ここで重要なのは、EURやGBPなどの欧州通貨のスワップションはキャッシュセトルが普通であり、さらに、差金決済の金額を決めるときのアニュイティが、スワップレートで割り引くという、特殊なコンベンションになっている。
これをキャッシュセトルIRRという。IRRというのは、Internal Rate of Returnであり、内部収益率という。これはつまりパーレートのことであり、スワップではスワップレートのことだ。
アニュイティは、スワップの付利期間にディスカウントファクターを掛けたものの合計であるが、このディスカウントファクターの計算が独特なのである。
普通は、有担保であればOISカーブを補間して、各利払い時点のディスカウントファクターを求めるのだが、キャッシュセトルIRRでは、離散複利の割引金利がスワップレートでフラットだと仮定して、スワップレートから各利払い時点のディスカウントファクターを求める。
このような特殊なコンベンションは一部の欧州通貨のみである。
 
しかしここで問題になるのは、市場でクォートされているスワップレートは、分母にアニュイティがあるが、このアニュイティは当然スワップレートで割り引いたものではなく、通常のアニュイティである。
IRRのペイオフ計算のアニュイティと、スワップレートが仮定しているアニュイティが異なるのである。
 
これは、CMSなどで出てくるコンベクシティ調整と似たような状況である。
つまり、ペイオフの金利が前提としている利払い方法と、実際に発生するペイオフ計算に用いられる利払い方法が異なる。
CMSでは、金利計算が前提としているのはスワップとしての複数回利払いだが、ペイオフ計算に用いられる利払いは一回払いだ。すなわち、金利計算では複数回使い回す前提なのに、ペイオフ計算では一回切りの使い捨て金利として用いられている。
 
キャッシュセトルIRRでは、利払いスケジュールは、金利計算とペイオフ計算で同じだが、ニューメレールとなるアニュイティの割引金利が全く異なるのである。
期待値の中にあるペイオフとしてはIRRアニュイティなので、プライシングメジャーはIRRアニュイティをニューメレールとしたいところだが、市場で観測できるスワップレートのメジャーは、あくまで通常のフィジカルセトルのアニュイティをニューメレールとするものであり、メジャーが異なる。
これによって具体的にどんな問題が起きるかは次回にしよう。

—–