デリバティブプライシングで入門者がつまづきやすいのが、測度変換である。
ここでは測度変換について、あくまでデリバティブプライシングの応用上、必要最低限押さえておくべき考え方のみを記載する。
プライシングの応用上、測度変換は、
・正規分布の
・分散を変えずに
・平均だけを変更する
ための道具である。
要するに、正規分布の横の広がり具合はそのままで、分布の中心を左右にシフトするのである。
簡単な例として、以下のように3通りのペイオフがあるギャンブルを考える。
現実の確率測度では、
・確率1/3で3もらえる
・確率1/3で1もらえる
・確率1/3で1支払う
とすると、もらえる平均は、1/3 x 3 + 1/3 x 1 – 1/3 x 1 = 1である。
分散は、1/3 x (3 – 1)^2 + 1/3 x (1 – 1)^2 + 1/3 x (-1 – 1)^2 = 4/3 + 4/3 =8/3である。
いま、やりたいのは、
・平均を1ではなく、ゼロにしたい
・しかし、分散は8/3のままでないと困る
ということである。
ここでは簡単のため、平均をゼロにしたい、ということにしたが、このゼロというのは他のどのような値であってもよい。要するに平均をシフトさせたいのである。
このとき、測度変換よりも簡単な方法として思いつくのは、確率ではなく、受け払いする金額、つまりペイオフの方を変更する、という方法である。リスク中立確率ならぬリスク中立ペイオフである。
その場合、平均をゼロにしたければ、
・確率はそのままで、
・全てのペイオフから平均を引けばよい。
定数を引いても分散は変わらない。すると、
・3もらえる→2もらえる
・1もらえる→受け払いなし
・1支払う→2支払う
となり、平均は明らかにゼロである。
分散は、1/3 x (2 – 0)^2 + 1/3 x (0 – 0)^2 + 1/3 x (-2 – 0)^2 = 4/3 + 4/3 = 8/3のままである。
要件は満たしている。しかしこのアプローチはプライシングに用いられることはない。
なぜなら、これだと、ペイオフのシフト幅、つまり現実の確率測度における平均を、あらかじめ知っておかないといけないからである。現実の株価の成長率や、現実の為替レートの増価率は、わからない。
そこで、実際のプライシングでは、ペイオフを変更するのではなく、確率の方を変更する。
そのためには、3つの状態が起こる確率、p1, p2, p3を、以下3つの制約を満たすように求めればよい。
⑴合計は1
⑵平均はゼロ
⑶分散は8/3
こうすれば、分散はそのままで、平均だけをシフトすることができる。
未知数3つで制約式も3つなので、p1, p2, p3について解けるだろう。この新しい確率のもとで計算すれば、分散はそのままで平均をゼロにできる。
この方法であれば、あらかじめ知っておかないといけないのは分散だけである。
平均は、例えばゼロなど、自分が設定したい値に変更したわけだから、未知数ではない。
現実の確率測度も、知っている必要はない。新たに作った確率p1, p2, p3を使うからである。
そしてこれらの確率を求めるのに使ったのは、
・平均がゼロであること
・分散の値
の2つである。
分散が、実際にはボラティリティに対応しており、マーケットから取ってこれる。
平均が、実際にはドリフトに対応している。シフトした後の平均であるゼロが、無リスク金利に対応している。無リスク金利はマーケットから取ってこれる前提である(実務的にはこの点について、測度変換とはまた別の問題があるが)。
このため、平均のゼロに対応するものも、分散に対応するものも、マーケットから取ってこれる。したがって、新たに作った確率も計算できる。
以上は、S. N. ネフツィの『ファイナンスへの数学』を参考にした。